院長ブログ

2016.11.09更新

今後とも宜しくお願い致します!

投稿者: ゆかわクリニック

2016.04.25更新

現代を考える。
熊本大地震。たくさんの死者を出し、今現在も帰宅できない避難者が多数いらっしゃいます。僕も東日本大震災の震源近くではいたらいていたので被災者の方々の不安、苦痛が痛いほどよくわかります。いち早い復興、帰宅ができることを願っております。この五年で2回震災に見舞われた日本ですが、僕は被災する以前から、ある感情にとらわれていました。それは日本人の美徳がなくなっているんじゃないかと言うことです。様々なメディアが有り、24時間アクセスでき、ネットで買い物すれば即日家に届き、夜中に何か必要なものがあればコンビニに駆け込み、お金だって引き出せる。こんなに満たされた時代に生きている我々は心が満たされているのでしょうか?僕自身はむしろ心は貧しくなったと思っております。前ウルグアイ大統領であるホセ・ムヒカ大統領がこう演説しておりました。「貧乏な人は少ししかもっていない人ではなく、無限の欲が有り、いくらあっても満足しない人である」またこうも言っております。「発展は幸福を阻害するものであってはならない。発展は人類に幸福をもたらすものでなければならない」 まさにそう思います。現代人は満たされすぎています。しかし周囲で常に資本主義経済を元に欲をかきたれられる情報が四六時中我々の耳に入力するため、限りない欲を強制的に持たされ、無意識に周りと比較し、自分は不幸だと錯覚していると考えます。昔の日本は確かに現在より貧しかったですが、みんながむしゃらに働き、少しでも幸せになりたいと思い、生きてきました。別に懐古主義ではありませんが、現代の日本はバランスが崩れかけていると思います。確かにいろいろな機械ができ昔なら手作業でやらないといけないことが全自動でできるため、時間ができました。しかしその時間を我々は何に費やしているでしょうか?SNSが発達した現代では人の顔は見えないため、心に配慮しない書き込みで人を傷つけ、自分の満たされない心を誰かの中傷で代償してしまう世の中になっています。白ゆき姫殺人事件を見てそう思いました。また情報を手軽に手に入れられる社会になったため知識が豊富になったけれども我々は忘れています。情報から得られた権利は義務が付加し、それを果たして初めて正当化できるってことを。それなのに権利意識のみ振りかざし、一方的に攻める社会ができあがってしまったため、世知辛い世の中になっておりと思います。医学に関しては発展は良いことであるとは思います。しかし寿命は延びることによると医療費用の増加、また寝たきり介護者が増え、介護疲れで自殺、殺人を起こすこの世の中は果たして昔に比べて、幸せなのでしょうか?これらはすべて戦後の西欧資本主義が原因とは思いませんが、そろそろ我々は満たされており、日本人の美徳である配慮と謙虚さを思い出す時期に来ていると思います。自分は被災した時、今回の熊本大地震で被災した方々を見てそろそろ気がついてもいい頃なのではないかと思います。世の中のすべてに「右へならえ!」をせず、自分の良識の心で感じていきたいと思います。またこれも言いたい。若者は世の中の流れに悲観するな!言いたいことがあれば自分で動き、政治に関心を持て!若者が政治に関心を持てば政治家だって若者に目を向け、考えてくれる!そう思う今日この頃でした。

投稿者: ゆかわクリニック

2016.01.08更新

皆さんある日突然体に不調があれば病院を受診しますよね。できればすぐに診断をつけてもらい、すぐによくなるように治療してもらいたいと思います。誰でもそうだと思います。しかし医者側から考えると現実的にそうはいかない場合もあるわけです。診断、治療には時間がかかる場合があるわけです。二つ例を挙げましょう。一つは女性で4カ月ぐらい咳が止まらず、風邪を引いてさらに悪化し受診された方。前医で気管支喘息と診断され、吸入薬で経過を見ていました。症状からすると診断は妥当であったと判断しますが今回感冒を契機に悪化したことからアレルギーのお薬を処方し経過を見ていました。この方は発熱はありませんでした。1週間して来院されたときは若干の改善があったため処方を継続しましたが、さらに1週間後来院されたときは咳が悪化したと訴えました。
その時点でレントゲンをとりしましたが異常はありませんでした。そのため別の薬に変えて経過を見ましたが改善せず。その時に初めてはじけ感染性咳嗽と診断し、血液検査を行いました。結果は若干の炎症反応はありました。しかし典型的な肺炎でがないと判断したため最終診断はマイコプラズマ気管支炎として抗生剤を投与したところ咳は改善し現在は吸入薬も使用しない状態で経過しております。二つ目は高齢の女性。2,3年前から体の節々がいたく寝返りがうてない状態でした。前医では年のせいでしょうと言われ経過観察されましたが我慢できず来院。
血液検査の結果はリウマチの可能性は低かったが炎症反応が高い。診察の結果リウマチ性多発筋痛症と診断しステロイドを投与したところ、みるみるうちに痛みが改善し、炎症反応がも消失しました。以上の症例はいずれもうまくいった例です。私が名医といっているわけではなく、診断に、治療には時間がかかるということを言いたいのです。もちろん命に関わる疾患は一発診断が絶対ですが、慢性的な症状に関しては経過を見ないとわからないことがあります。どうか結果を急がず。私も全力をもって診察していきたいと思います。以上理想と現実でした。

投稿者: ゆかわクリニック

2016.01.06更新

皆さん考えたことありますか?これ、意外と医者にきいてもはっきり答えられないと思います。私が研修医だったころに比べると今はだいぶ病名が増えてきたなと感じます。どうしてなのでしょう?病気って身体的な機能が侵されること?じゃ、妊婦さんが動きづらくなるのは?年を取って内臓機能が低下するのは?こうなってしまうわけです。そこでわたしはこう考えました。病名が増えてきたと感じたこともあり、病気であるかそうでないかは絶対的な真理はない。人間がこれを病気と定義しているだけと思います。今のご時世あんな症状、こんな症状に「なんとか症候群」「なんとか病」とつけがちであります。医者も患者も症状があるからなんか診断をつけないと落ち着かない・・・
でも実は患者さんの症状の中でどうしても説明つかないものって結構あるんですよね。それは専門家が見れば変わってくるかもしれませんし、これから新たに病名ができるかもしれません。でもわかっていただきたいのは診断(病名を与えること)はすべて人間が決めたことなのです。絶対的な真理ではありません。(続く)

投稿者: ゆかわクリニック

2016.01.06更新

病院に泊まり込みでした。寝るところが少なかったので時には診察台に寝ていたりしました。正直地震の後は、仕事が大事でしたがやはり家族は大丈夫だろうかということが一番気がかりでした。救急車を待つ間、何度も電話を掛けましたがつながらず。やっと何回目かでつながり、みな大丈夫だということがわかりやっと安心しました。仕事の合間にも指令所に設置していたテレビで被害状況を確認していましたが津波の被害は想像を絶するものがあり見ていて愕然としました。さらに衝撃だったのは原発の建屋が爆発をした映像でした。これにはさすがに医師たちは騒然とし、放射線被害の広がりがないか、ヨードカリウムの必要性、患者の避難の受け入れ先等を検討し、放射線測定器を敷地内に数点設置し、数時間ごとに数値の公表を行っておりました。幸いにも若干の上昇はあったものの日立総合病院全体が避難しないといけない状態はありませんでした。その間も救急車受け入れ要請はひっきりなしにありましたが、玄関ホールを仮設診療所にして、入院、検査が必要な方はエレベーターが動かないため担架にのせ、みんなで検査階、病棟へ運んでいきました。初めての経験でした。

投稿者: ゆかわクリニック

2016.01.06更新

私はそう思わなかったのです。たしかにその治療の戦略を立てた医師は見事だと思います。しかし根本を伝えていない。移植後の拒絶反応を抑えるための免疫抑制剤の内服、感染予防、拒絶反応を確認するために年に一度心筋生検をしないといけない女の子のつらさ、もろもろの管理にかかる莫大なお金・・・これらをすべて伝えていません。こういう番組を見た難病に苦しんでいる患者さんはいいところばかり見て自分も同じような治療を受けたいといってきます。気持ちはよくわかります。しかし現実に今言ったようなことを説明するとおそらく愕然とすると思います。伝えるということは患者が知るべきことを伝えることであり、甘いことのみをいうことではないと思います。メディアにも同じことが言えると思います。放送だけして不祥事が起きた時に後始末をしないのは困ります。情報発信者はその使命と責任感を持たないといけないと思う今日この頃でした。

投稿者: ゆかわクリニック

2016.01.06更新

最近だいぶ医学番組が充実し、啓蒙が進んでいるなと感心しています。専門外の領域であれば私でさえ「へぇ~」と勉強になるぐらいです。健康に関心のある患者さんはだいぶ勉強し、来院し質問してきますのでこちらも気合を入れて勉強しないといけないと身が引き締まります。ところで医学番組の中でも2つ傾向があるんだなと思いました。一つ目は純粋に病気に対する知識を啓蒙しようとする番組。こちらは有名な先生を招いて、日常見逃しがちな症状に重大な病気が潜んでいることを皆さんに知らせようとするものです。このような番組は私にとっても非常に勉強になるので時間があった時には見るようにしています。ただだいぶネタが切れてきたのか、比較的まれな病気に関して取り入れている印象があるので時には「これは必要あるのかな?」と疑問に思うことがあります。でもそれはそれでいいです。問題はもう一つの傾向です。こちらは病気というよりは難病に立ち向かい克服したような感動を伝える番組です。番組の性質上やむを得ないところがあると思いますが専門の循環器領域で有りますのでその領域で一つ例を出したいと思います。ある女の子が重い先天性心疾患で苦しんでいました。このままだと死んでしまうかもしれません。残された治療は心移植しかない。しかし移植の手術は非常に難しい。医師はそれを両親に伝え悩んだ末移植を決意しました。手術は困難でしたが何とか成功しました。幸いにも順調に成長していきましたが。ある時移植していた心臓に拒絶反応が出現しまたピンチに陥りました。ところがその医師はその子のもともとの心臓は取り除かずそのままにして成長を待っていたのです。今度の手術は移植心を取り除き、元の心臓の形成を行い奇跡的の病気を克服しました。めでたしめでたし・・・・  どうですか?この番組を見て。皆さんは感動した!すごい医者だ!と思ったかもしれません。(続く)

 

投稿者: ゆかわクリニック

2016.01.04更新

物理的な距離として他人がこれ以上近づくと不快に感じることです。実は日常の診療においてもこれが存在します。私は精神的パーソナルエリアとかんがえています。例えばある症状で悩んで受診した方がいた時。問診、説明においてどこまで踏み込んでいいかという領域です。診療に必要な情報を問診するうえでここまでは立ち入られたくないという領域があります。もちろんあらかじめ問診の理由を説明をしたうえで問診はしますがどうしても話したくないことだってあるわけですから無理やり問診はしません。そのうえでその状態での診断を説明します。説明にも配慮する必要があります。例えば診断さえついて薬だけ処方してもらえればそれでいいという方がいれば全部説明してもらいたいという方もいます。それを見極めるのはすごく重要なことだと思います。今でもこの領域は勉強中です。要は間合いの問題ですね(笑)。

投稿者: ゆかわクリニック

2016.01.04更新

患者さんと散歩することでした。日立総合病院に勤めていたころの初期はよく患者さんを車いすに乗せて病院の中庭に連れて行って2人で日向ぼっこをしながら雑談をしていました。はじめのころは看護師に断らずにつれて行っていましたので患者さんがいなくなったと大騒ぎになっておこられたことがあったのでその後はきちんといとこと言ってから連れ出していました(笑)。患者さんと2人で過ごす一時は私にとっても清涼剤でありました。「孫が結婚しないのでこまっている」とか「現役で詩舞をしている」とかそういう雑談が大好きでした。循環器を専門にするようになってからはあまりそういうことができなくなっていきました。理由は簡単。循環器で入院している患者さんは心臓に負担があるため少しでも動くと呼吸状態が悪くなる方が多かったから。ほかの内科の患者さんは以外にも動ける方が多かったので押しつけがましいようですが散歩に連れて行っていました。もちろんご本人には了承を取って希望される方に限りましたよ(笑)。あの頃の思い出は今でも大切なものです。元気かなぁ、あの人たちは。今でも外来での雑談が大好きです。

投稿者: ゆかわクリニック

2016.01.04更新

いっぱい映画を見なさいと指導していました。「なんで?」と思うかもしれませんが医者としてあるべき姿とは勉強をして知識を広げるのは当然ですがそれ以外にそれをどう患者さんに伝えるかがあると思います。その際に医者って結構ずけずけものを言って配慮しないことがままあるのです。要は事実を伝えないといけないのですがそれが患者さん、ご家族に納得し、理解してもらわないといけないのです。心に響く言葉でないといけないと思います。映画は見る者に響かないと売れないため脚本家はいかに視聴者の心に届けられるか腐心してセリフを考えるわけです。それを一字一句真似する必要はありません。そこからピンと響く言い方をいっぱい覚え、生かすように。そう指導しておりました。もちろん本からでも構いません。今でもそれを実践しております。医者は知識だけの頭でっかちじゃいけません。人間味がないとだめだと思います。

投稿者: ゆかわクリニック

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