院長ブログ

2016.01.04更新

物理的な距離として他人がこれ以上近づくと不快に感じることです。実は日常の診療においてもこれが存在します。私は精神的パーソナルエリアとかんがえています。例えばある症状で悩んで受診した方がいた時。問診、説明においてどこまで踏み込んでいいかという領域です。診療に必要な情報を問診するうえでここまでは立ち入られたくないという領域があります。もちろんあらかじめ問診の理由を説明をしたうえで問診はしますがどうしても話したくないことだってあるわけですから無理やり問診はしません。そのうえでその状態での診断を説明します。説明にも配慮する必要があります。例えば診断さえついて薬だけ処方してもらえればそれでいいという方がいれば全部説明してもらいたいという方もいます。それを見極めるのはすごく重要なことだと思います。今でもこの領域は勉強中です。要は間合いの問題ですね(笑)。

投稿者: ゆかわクリニック

2016.01.04更新

患者さんと散歩することでした。日立総合病院に勤めていたころの初期はよく患者さんを車いすに乗せて病院の中庭に連れて行って2人で日向ぼっこをしながら雑談をしていました。はじめのころは看護師に断らずにつれて行っていましたので患者さんがいなくなったと大騒ぎになっておこられたことがあったのでその後はきちんといとこと言ってから連れ出していました(笑)。患者さんと2人で過ごす一時は私にとっても清涼剤でありました。「孫が結婚しないのでこまっている」とか「現役で詩舞をしている」とかそういう雑談が大好きでした。循環器を専門にするようになってからはあまりそういうことができなくなっていきました。理由は簡単。循環器で入院している患者さんは心臓に負担があるため少しでも動くと呼吸状態が悪くなる方が多かったから。ほかの内科の患者さんは以外にも動ける方が多かったので押しつけがましいようですが散歩に連れて行っていました。もちろんご本人には了承を取って希望される方に限りましたよ(笑)。あの頃の思い出は今でも大切なものです。元気かなぁ、あの人たちは。今でも外来での雑談が大好きです。

投稿者: ゆかわクリニック

2016.01.04更新

いっぱい映画を見なさいと指導していました。「なんで?」と思うかもしれませんが医者としてあるべき姿とは勉強をして知識を広げるのは当然ですがそれ以外にそれをどう患者さんに伝えるかがあると思います。その際に医者って結構ずけずけものを言って配慮しないことがままあるのです。要は事実を伝えないといけないのですがそれが患者さん、ご家族に納得し、理解してもらわないといけないのです。心に響く言葉でないといけないと思います。映画は見る者に響かないと売れないため脚本家はいかに視聴者の心に届けられるか腐心してセリフを考えるわけです。それを一字一句真似する必要はありません。そこからピンと響く言い方をいっぱい覚え、生かすように。そう指導しておりました。もちろん本からでも構いません。今でもそれを実践しております。医者は知識だけの頭でっかちじゃいけません。人間味がないとだめだと思います。

投稿者: ゆかわクリニック

2016.01.04更新

実に迅速なものでした。誰も経験したことのない天災でしたが各部署の責任者、医師が一同に集められ、報告と方針が言い渡されました。ライフラインは断絶。自家発電に頼るしかない。救急車はすべて受け入れろ!!そう言い渡されました。私は救急車受け入れ時のトリアージを担当しました(緑、黄、赤、黒:黒は死亡です。幸いにも赤、黒はいませんでした)。上級医にDMATの招集がかけられていましたが、こちらも大変な状態で出動が困難な状態でした。その日は夜中の11時まで救急車がひっきりなしに入って来ましたがいつもなら民家の光が見える町が真っ暗な状態であり不気味さを感じました。皮肉にもそのせいで夜空が明るく、星々も輝いていました。

投稿者: ゆかわクリニック

2016.01.04更新

あの日は3月11日金曜日でした。「業務も終わりあとは回診だけだ。あぁ~今週も終わったな~」と思いながら医局の席でしばし休んでいたところ2時46分。急に医局の地面が細かく低く震え、その後激しい縦揺れに見舞われました。はじめは強めのゆれだなっと思っていましたが、そのゆれが収まるどころかますますひどくなり、しまいには自分の体まで上下に持っていかれるほど強くなりました。あわてて机に下に身を隠しましたが前後およそ3分の揺れが終わりがないように感じられ「あぁ、死ぬんだな・・・」とおもいました。幸い何とか揺れが収まった時に取った行動はまず病棟に行くことでした。病棟では人工呼吸器管理をしている患者さんもいましたのでこの地震により機械の故障がないかが心配でした。医局の廊下に出たときにはガラスは割れており埃で先も見えない状態でしたが注意を払い、病棟に向かいました。案の定一般病棟ではパニックになった患者さんが数人いましたが命に別状はなく幸いにも集中治療室の管理に無支障はなかったためホッとしました。局地的な地震だと思っていたものが実は東北一帯を襲った悲劇的な天災であると知ったのはそれから2時間後でした。

 

投稿者: ゆかわクリニック

2016.01.04更新

私は日立総合病院に10年近く勤めておりました。はじめのうちは若手であるためまだまだ経験が少なく、同期後輩と一緒に勉強会をやったり、飲みに行ったりしていました。時は過ぎるのは早く1年、2年と上の年数になってくるとそういう機会が少なくなり、研修医が来てはまた元の大学に戻るのを見て寂しさを覚えるようになりました。そうこうしていくうちに卒後12年目になり転機を迎えることになりました。その頃になると赴任したたての時にひぃひぃ泣いていたような重症症例も対応できるようになり、それなりに自信もついてきたころ、あの天災がやってきました。東日本大震災です。

投稿者: ゆかわクリニック

2016.01.04更新

ぼんやり2年間で帰ってきてね、って医局に言われた気がします。先輩も確か2年間で医局に戻った気がします。自分はどうしよう・・・そう悩んでいた時に循環器部長からスタッフとして採用してもいいといわれ「おねがいします!!」と即答してしまいました。理由はその先生も初めに指導教官に負けず劣らず魅力的な先生だったからです。以降その先生とは私が開業するまでの間(約12年間)一緒に仕事させていただけ、今でも連絡を取ったりしています。私はいままで上司の大変恵まれていたということです。天祐。

投稿者: ゆかわクリニック

2016.01.04更新

茨城県日立市にある日立総合病院でしたが、ここは戦前からあった病院で地域の中核医療を担う由緒ある病院でした。その病院に勤めて一番びっくりしたことは医局が分局していない!!ということでした。それまで大学病院にいたころは医局というのは各科ごとに分かれてあまりほかの科の医局にはいったことなかったのにこの病院では分局されていない!! びっくりしました。その後知ったのですが大学病院以外では大体同じようなものだったみたいです。分局していないためいろんなかの先生が同じ場所で休んだり時には雑談をしながら知識の交換ができたのですごい勉強になり、励みにもなりました。学閥があまりなかったのでいろんな大学の出身者との交流もあり、啓蒙されました。 日立市には病院が少なく、重症患者だとすぐに搬送されましたので毎日ひぃひぃ言いながらも充実した日々を過ごしていました。すでに循環器を専門と決めていましたが、正直その時にどこに収まろうか迷っていました。大学に戻るべきか・・・・

投稿者: ゆかわクリニック

2016.01.04更新

私は2つありました。というよりは一般的に2,3つだと思います。私が研修医だったころと今では少し違いますが、あまりシステムは変わりはないと思います。まず一つ目は研修が終了した後の専門を決める時。私の時は2年間の研修後に通常は出身大学、あるいは関連病院の医局に入局するわけですが、そこで内科、外科、小児科、耳鼻科、皮膚科、眼科、整形外科・・・等の自分の進むべき道を決めるわけです。現在の研修医制度では前期、後期研修の合計4年の後に専門科を決めるので年数が違えどシステムは変わらないですね。私はたまたま指導教官が循環器医であり、非常に魅力的な先生(人格的にも、学術的にも)だったこともあり研修医になって1か月で循環器に決めました!今ではその先生は教授になって雲の上の人になってます。さて専門科が決まったところで次に場所です。私が研修医だったころは医局制度がまだ強かった頃だったのでふつうは出身大学の医局に収まっていました。進路に関しては指導教官にも相談しましたが「お前みたいに、甘ったれた野郎は外でもまれたほうがいい!」といわれ当時関連病院ではなかったが先輩が研修していた日立総合病院に口をきいていただき研修を受け入れていただきました。実は同期の内科医局入局者の中で外に出たのは私だけでした。ほかの同期は大学院に入学し院生として、研究と臨床を両立していましたが、元来不器用なたちでありましたので臨床を薦めていただいた指導教官の先見の明があったわけです。いまでは大感謝しております。

投稿者: ゆかわクリニック

2015.12.26更新

勤務医をしていました。将来について悩み始めたころは医者として10年目になっていましたが(今は16年目ですが・・・)中堅どころであり診療、後進の指導として病院の中核をなる立ち位置です。事務的な業務にも悩まされず、ひたすら医業に邁進する充実した日々が送れました。勤務医として過ごす毎日には充実した感覚がありましたが、同時に今後どうするかと迷う時期でもありました。勤務医の仕事はかなりハードです。外来、病棟、検査、救急対応、当直と精神的、身体的にかなりの負担を強いられます。僕はどの仕事も好きではありましたが、体がもつのかな?という疑問がありました。医師としての将来像を具体的に持たないといけないぁと思っておりました。さてどうしたものか・・・・

 

投稿者: ゆかわクリニック

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